連載記事その1『価値創造は基盤作りから』棟近 雅彦 氏(JSQC)

「価値創造は基盤作りから」

早稲田大学理工学術院 教授
前(一社)日本品質管理学会会長
JAQ連携協議会会長 棟近 雅彦 氏

 

 

1.価値創造経営と品質を中心とした経営

私はこれまで約40年、品質マネジメントの教育・研究に携わってきました。その間、時代時代に応じて、”旬な”話題がありました。今は、何といっても「価値創造経営」が流行でしょうか。

価値創造経営とは、商品・サービスを提供することを通じて、顧客にとって有益な価値を創造し、それによって対価を得て、そこから得られる利益を再投資することで価値提供を継続し続ける経営のことです。図1に示すように、価値提供→利益→再投資→新たな価値提供→利益→再投資・・・この循環を繰り返すことです。

図1 価値創造経営

一方、品質を中心とする経営という経営方式もあります。品質がよいものとは、顧客の要求を満たしているもの、顧客を満足させるものです。品質を中心とする経営とは、この品質を重視した経営ということです。図で表すと、図2のようになります。

図2 品質を中心とする経営

すぐにお気づきと思いますが、図1の”価値”を”顧客要求を満たす商品・サービス”に変えただけで、同じことを意味しているのです。品質を中心とする経営は、古くからTotal Quality Management(TQM)やデミング賞で主張してきたことで、価値創造経営は特に目新しい考え方ではないということになります。

2.TQMは普遍的なフレームワーク

では、なぜ価値創造経営のために、企業はTQMを行わないのか。私は、その原因が、TQMは流行の廃れた古いものであって、価値創造経営を行うには違うものをやらなければいけないと経営者が考えているからだと思っていました。しかし、近年企業との様々なやりとりの中で、こういう理由ではないことに気づきました。その理由は、後述することにして、TQMという活動は、流行廃りのある運動論ではなく、もっと普遍的な企業経営のためのフレームワークであることをまず述べたいと思います。

顧客に価値を提供し続けるには、新商品開発が必須です。顧客が満足する新商品を提供するには、営業も、企画も、設計も、製造も、検査も、すべての部門が頑張らなくてはいけません。すなわち、すべての部門が参画する“Total”な活動になるのは必然です。それを具現化するための考え方や方法論を示したのがTQMであり、私は価値創造経営のための基盤としてのフレームワークを示したものと考えています。

3.基盤作りの重要性

価値創造経営と並んで、私が近年接した旬な話題は、残念ながら品質不祥事でした。顧客価値創造とはかけ離れたテーマに見えますが、実は基盤作りがこれらの課題に対処するための最重要事項であるという点では、共通性の高い問題であると考えています。人づくりであるとか、基本動作の徹底であるとか、上下間のコミュニケーションをよくする仕組み作りであるとか、組織が一丸となれる目標作りであるとか、こういった基盤を確立することが、二つの問題に対する重要な点であると思います。

そうすると、TQMのような活動を行えばよいと思うのですが、それがなかなかそうはなりません。先に述べたように、その理由は「廃れたものをいまさら」ということだと思っていましたが、それは違うと思うようになりました。「本当はそこをやりたいのだけれど、ちゃんとやるのはしんどくてできない」、「昔と違って競争も激化し変化の速度も速い、お金や時間をかけずにうまくできないものか」、「教育にも投資したいが余裕がない」昨今の企業を見ていると、こういったことが主な理由ではないかと考えるようになりました。

このように考えが変わったのは、最近私のところにご相談に来る企業は、「このままではだめで、あらためて基盤作りをやらないといけない」と気づいた企業が多い気がするからです。実際、そのような企業を訪ねてみると、「こんなことも知らないのか」と思うことが少なくありません。失われた20年、30年、あるいはコスト中心経営の負の遺産と思わざるを得ません。

確かに、TQMが提示していることをきちんとやっていくことは、しんどい面があります。しかし、流行廃りのある運動論であればやっている余裕はない、で済まされるかもしれませんが、企業経営の基盤となれば、やるやらないの議論はあり得ません。まず、この経営基盤を確立すること、これが日本の企業に課せられた重要な課題と思っています。普遍的なフレームワークであることをもう少し理解されたい方は、拙著品質月間テキスト「価値創造の勧め」、2019をご一読いただければと存じます。

4.JAQがやるべきこと

本稿は、JAQのポータルサイトの開設を記念して企画した「経営者に向けたメッセージ」としての一寄稿ですので、JAQ設立の準備会議体であるJAQ連携協議会会長として、JAQがやるべきことについて一言触れておきたいと思います。

JAQは、品質に関連する組織が一体となってオールジャパンで日本における品質管理、品質経営を世界でリードして作り上げて行くとともに、ビジネスに関わる国際標準作りを推進していくことを目的としています。これまでにも、同様の目的でいくつかの組織が協力体制をとってきたことはあります。品質月間、QC検定などがよい例でしょう。このような協力事業という形でJAQを活用するのは、既に参加組織は独立して事業を展開しているので、すぐには難しいと思います。

私は、品質に関する規範作りを行うことによって、品質に関する活動の権威づけを行える組織となることが、まずはやるべきこと、できることと考えています。例えば、前述した経営のフレームワークの指針や、品質不祥事を防止するために守らなければならないガイドラインといったものを作ることが考えられます。標準化といえばそれまでですが、もう少し幅広く品質活動を覆うもの、コーポレートガバナンスコードの品質版のようなものをイメージしています。これらを議論する場を提供することも重要な役割と考えています。

このようなものが権威を持つようになるには、JAQ参加組織がどれだけコミットしてJAQがめざす目的を達成しようとするかに大きく依存します。現参加組織だけでなく、品質管理の推進に関わる組織、例えばISO 9001の認証制度に関わる組織も巻き込む必要があるでしょう。まだ、ジャストアイデアの段階ですが、日本の品質の“基盤”となる協議会にできればと考えています。