第1回JAQシンポジウム「新時代を切り開く品質立国日本の再生に向けて」

2024年8月24日(土)日本クオリティ協議会(JAQ:Japan Association for Quality)主催の第1回JAQシンポジウムが、早稲田大学理工学部キャンパス&オンラインのハイブリッドで開催され、約500名(内、会場参加60名)の方々が参加された。表1にそのプログラムを示すと共に、以下にその概要を報告する。

1.開催挨拶

冒頭、シンポジウムの企画を担当した日本品質管理学会の廣野元久事業・広報委員長から、本シンポジウムは日本の国際競争力向上のために何をすべきかを議論するために企画されたことが宣言された。また、昨今の品質不祥事の反省を通じて、問題の芽を未然に摘み、「品質立国日本」再生に向けたイノベーションに必要となる、製品・サービスの質、人の質、組織の質、経営の質について議論し、継続的活動につなげたいと挨拶された。

日本品質管理学会事業広報委員長の廣野元久氏による開催挨拶の様子

図・1.開催挨拶 廣野氏

引き続き廣野氏から、JAQ構成団体である、日本科学技術連盟の佐々木眞一理事長、日本規格協会の朝日弘理事長、日本能率協会の中村正己会長から寄せられた「品質立国、日本再生に向けて」の各団体の取り組みとこれからの活動計画についてのメッセージが紹介された。

2.来賓挨拶

経済産業省大臣官房審議の今村亘氏による来賓挨拶の様子

図・2.来賓挨拶 今村審議官

開催挨拶に続いて、経済産業省 大臣官房審議官(イノベーション・環境局担当)の今村亘氏から、来賓挨拶を頂戴した。先ず、日本の製品・サービスは世界的にも品質が高いと認識されているが、昨今、それを揺るがす事態が発生している。日本品質の信頼を取り戻すために、改めて、標準化・認証制度・品質保証を含めて課題の認識と必要な改善策を検討していくことが必要であることが述べられた。経済産業省は、社会・消費者の安全・安心の確保等に向けた基盤的な標準、市場創出に向けた戦略的な標準を含め、産業界における標準化の活用について支援を行って

いるが、あるべき姿にしていくためには、本シンポジウム参加者一人一人が自分事として捉え、全体の意識を変えていくことが大事であるとされた。そして、本シンポジウムで得られた視点、意識を参加者個人に留めることなく、各組織で共有・横展開し、浸透させていくことが大事であり、我が国産業における品質の更なる向上のきっかけとなるものであると述べられた。 今村氏は、挨拶の最後に、本シンポジウムの開催に尽力したJAQ関係者に対して感謝の意と、今後のさらなる活動への期待も示された。なお、今村氏は、本シンポジウムに最後まで熱心に参加されたことに、企画担当一同改めて謝意を表したい。

3.開催の主旨

引き続き、JAQ会長(JSQC会長)の若林宏之氏より本シンポジウム開催主旨の説明があった。初めに、JAQの紹介と今回のシンポジウム開催に至る背景として、品質不正の継続発生からのこれまでの対応と現状認識の説明があり、品質不正問題は日本全体の問題であるとされた。合わせて、JAQとしてTQMを一緒に考え、実践する必要があるとし、「新時代を切り拓く品質立国日本を目指して」をテーマとした第1回JAQシンポジウムでは、TQMの実践効果に関する議論の場を提供し、シンポジウムを通じて品質の仲間づくりを推進する旨が示された。

日本クオリティ協議会会長の若林宏之氏によるシンポジウム開催の主旨説明の様子

図・3.開催主旨 JAQ 若林会長

さらに、過去の品質不正問題に対応するためには、個人・組織の意識改革・経営の品質重視・監視や検知の機能の充実が必要であるとされた。本シンポジウムは、講演、パネルディスカッションを通じて、TQMの実践効果と品質不正の防止について考える場としたい旨述べられると共に、今後もJAQの品質5団体が連携したシンポジウムを開催する予定であると締めくくられた。

4.基調講演「常に存在する品質不正リスクへの対応 -品質を中心とする経営の実践-」

早稲田大学教授の棟近雅彦氏による基調講演の様子

図・4.基調講演 棟近教授

基調講演は、早稲田大学 理工学術院 教授の棟近雅彦氏が行った。棟近氏は、複数の企業において品質不祥事に関する第三者調査委員会の委員を務めており、2024年6月の日本科学技術連盟主催「第117回品質管理シンポジウム」においても「品質不祥事の防止と真の顧客価値創造、必要な組織能力」をテーマとした産・学合わせて約200名の議論を主担当組織委員としてコーディネートされている。基調講演は以下の構成で進められた。

図5.「品質不正の防止」講演スライドより抜粋

1.品質不正とは

2.常に存在する品質不正リスク

3.品質不正の防止

4.品質を中心とする経営による品質不正の防止

 

棟近氏は、「昨今、品質不正の事案が継続的に発生している」と述べた後、産業界は利潤を追求する活動を競争環境の中で行っており、人のプレッシャーに対する弱さもあり、品質不正が起こるリスクは常に存在するとされた。したがって、一度対策を講じればそれで終わりということはあり得ない、発生防止策、起きた場合の対処策を

品質マネジメントシステムの中に組み込み、継続的に改善していくことが重要と訴えられた。

さらに、品質不祥事防止のためにTQMが有効な部分と、今後強化すべき点、必要な組織能力、TQMを実践していても品質不祥事が発生する原因・

背景などをテンポよく解説された。

最後に示された「まとめ」は、参加者からの深い共感を得ていたため、図5として引用したい。

棟近氏の基調講演では、興味深いエピソードがいくつも紹介されたが、特に印象に残った次の2点も紹介したい。

4.1「仕事が忙しすぎる」ことについて

どの不正事例でも必ず挙がるのが、「仕事が忙しくて時間がない」という問題である。「時間がないから何か効率的な方法はないか?」と考えるのではなく、「いかにして時間を作るか?」という考え方に切り替えるべきである。「時間がない」は制約条件ではなく、それ自体が課題であり、いわゆる“足し算からの脱却”、減らせることはないか、やめる仕事はないのか、と考え、決断する必要がある。これには、マイクロマネジメントからの脱却、権限委譲、60歳以上の人材活用などの発想の転換も重要になってくる。

4.2 小原好一氏(現 前田建設工業 顧問)の2018年講演についてのコメント

棟近氏は、小原氏が、品質不祥事が多発した2018年に品質月間[1]で述べられた次の点の重要性を指摘した。「品質経営を着実に実践している企業は、品質不祥事が発生する可能性は低くなる。なぜならば、ミスを含めた逸脱行為は、どの組織・職場においても起こる可能性があるが、品質経営の中で「ひとづくり」に注力していれば、経営者から最前線の社員まで「価値観を共有」し、「問題を顕在化させて自発的に解決していく力」を個人個人が養っているため、リスクを低減できるのである。また、問題を組織的に解決することに加えて、再発防止・未然防止を引き出すための「縦横のコミュニケーションと連携のしくみ」を構築しているため、リスクをさらに低減できるのである」。

5.特別講演「品質立国ニッポンよ、再び!」

特別講演は東京大学名誉教授の飯塚悦功氏が行った。

5.1 品質立国日本の振り返りと現状

飯塚氏は、先ず品質立国に関連して歴史と現状を振り返られた、1980年初め「品質立国、日本」と言われた。1960年~1980年代半ばまで、工業製品の大衆化が進み、工業は他の産業と比べて利益を出すには圧倒的に効率が良かった。日本が工業製品を高品質低価格で提供していた高度経済成長時代は、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代である。

東京大学名誉教授の飯塚悦功氏による特別講演の様子

図・6.特別講演 飯塚名誉教授

しかし、現在かつては米国に次いでGDP世界第2位だった日本は現在第4位。IMDの世界競争力ランキングでも、1992年までは世界第1位だったが、2019年以降は30位以下と低迷。日本はもはや普通の国となってしまったとの認識を示した。

5.2 品質立国日本が何故実現できたのか

飯塚氏は、かつてなぜ「品質立国日本」が実現できていたかについて、それは時代が品質を求めていたからとした。当時、日本には工業製品大衆化の流れの中で、お客様が求めるものを、非常に良い品質で、しかも安価で大量供給できる力もあった。その競争優位の要因が品質であり、特に品質に影響を与える因果関係が分かっている者の産業競争力は強かった。日本は、お客様の求めているものを第一に考える思想で、因果関係を考えながら合理的にニーズを捉え設計し、工程を管理して実施、これをTQCという道具で実現してきた。すなわち、日本の経済成長の大きな要因は、ものづくりを品質中心にやってきたこととされた。

5.3 成熟の時代で何が変わったのか

飯塚氏は、続いて現代は成熟の時代に達し、量的変化は小さいが、質的変化が速い時代となったことを通じて、経営の何が変わったかについての見解も示した。情報技術、物理技術などの変化の速度も尋常ではなく、新たなビジネスモデルを生み出す機会が創出された。一方、労働意識も、かつての会社中心から移行している。特に、世の中のガバナンスの意識が高まり、リスクとその影響に対する説明責任が増加し。これは組織内でも同じで、上司にはなぜそれをやるのかの説明責任が強く求められるようになったとの認識を示された。

5.4 日本は何ができてなくて何が必要なのか

その上で、これら産業構造と競争優位の変化に対して、日本は何できておらず、何が必要かについて述べられた。基本的に成熟=保守的とは、とんでもない思い違いという認識の下、事業プレイヤー間の関係性が変化した中で、何かが強ければ勝てるという根本が変わったことが述べられた。例えば、企画力の高いIT強者が急速に台頭する中でどうやって生きてゆくかが問われているとされた。

実際、時代が変わっても生き残っている企業はあるとしたうえで、こうした企業の共通点を明らかにされた。すなわち、提供する製品・サービスが強いのは当たり前だが、「外界に対する鋭敏な感受性が高い」とされた。つまり、顧客ニーズ対応が誠実で非常によく整理されていた上で、一見関係が薄いと見える様々の情勢が、その業界におけるビジネスモデルを変えてゆくかの勘が鋭いといった特徴があり、課題も見えているからこそ成功すると述べられた。

さらに、これら生き残っている企業には、「コアコンピタンスの自覚」があり、持つべき組織能力に資源を集中できる能力もあると指摘した。そして「人材・人財」が優れている。特に注目すべきは、コアコンピタンスであり、これは勝負を分ける能力、事業収益性と言ってもよい。マンション建築・販売なら投資回収速度、女性用アパレル産業ならば流行への追随能力とされ、次のようなエピソードを紹介された。利益が出ているA社は、自社がなぜ儲かっているのか理解していないと聴いて驚いたことがある。現在置かれている事業環境の中で、何が自社の競争力優位性なのか、何が強みで勝てたのかを認識することが必要とされた。一方、クレームだらけで儲からないB社は、売れないから色々なことに手を出していたが、どの問題から手を付けるべきか優先順位付けすることが重要であるとされた。また、「問題とはあるべき姿と現実とのギャップ」で、企業は自らのあるべき姿が分かっていないと駄目だとも述べられた。

5.5 TQMの特徴を活かして進むべき方向性

飯塚氏は、以上を前提に日本のTQMの特徴を活かし、これから進むべき方向性についての次のような認識を示された。

① 日本人が持つ競争優位な資質として、未定義でも前進できる精神構造がある。擦り合わせやコンカレントで何とか出来る力がある。これは辛い道ではあるが、欧米人よりは上手くやれる。日本人の、拘る、極める、徹底する思考が有効な事業とは何かを考えるべきとされた。

② お客様に価値提供する時は、競合も同じことをやっているので、勝つにはQMSの中にどういう仕組みを導入するのがよいのかを考えるべきとされた。 

③ 品質は「価値に対するお客様の評価」とされるが、かつて品質立国として成功していた時代では、品質はより技術寄りの側面を持っていた。しかし、今日では、品質を拡大解釈して、お客様はどう評価しているのかという視点で「価値」を高めて提供し、そのためにQMSに自社の能力や特徴をどう埋め込んでゆくのか、誰に何をどのような価値で提供するのか、何を強みにするのか等の事業シナリオを描き、マネジメントするのが大切とされた。このように、品質を拡大解釈すれば、お客様が買ってくれる製品・サービスは、お客様に提供している価値の媒体でしかないとの認識に至る、例えば、住宅産業は家を売っているわけではなく、暮らしを売っているのであり、いきなり間取りプランを見せても場違いであり、先ずどんな暮らしがしたいことか、お客様と一緒にその仕様を考えることが重要と認識しなければならないとされた。

④ 価値を基準に考え、拡大解釈した品質を軸に自社のビジネスを考える時に大切なこととして、飯塚氏が示したのが、事業構造。当然サプライヤー、パートナー、競合など、どんな事業関係者とどう繋がっているか、誰が誰にどのような価値を提供しているのか、情報はどのように伝達されているのか、製品がどのような経緯を経てお客様の手元に届くのか、関係者にどのような価値が引き渡されているのか、等の事業構造を理解である。このような理解を通じて、経済的に成立するかどうか、価値の移動によってどれだけ経済効果があるのかが想定できるようになるとされた。

5.6 現在必要な能力や精神構造

次に飯塚氏は時代が変わった現在に必要な能力や精神構造について次のような見解を示された。

① 昔持っていた伝統的ものづくり能力。真理を追究する、いわゆる賢者の愚直さ。

② 環境変化に対応した新しいものづくり能力。

この新しい能力には、コンセプトを定義しモデルを構想できる力。因果関係のメカニズムや技術上の連鎖がどうなっているのかが分かる能力、ソフトウェア技術。そして何よりも自律し先頭に立って、リスクを取る勇気。目的を常に意識して理解する能力とされた。目的志向に関連して、何のためにこれやっているかについて。人間は驚くほど目的思考になっていないことも指摘された。

③ 日本人には、自分を他人と比べる評価する他律型の精神構造があるが、自律型の精神構造を醸成することが必要。これが強みで勝つということ競争優位の考え方や利益の源泉となる。

5.7 経営環境の変化に依存しない勝ち残りの要件

以上を総括して、飯塚氏は経営環境が変わろうとも持続的に成功する。競合環境下でもお客様に受け入れられるという意味で儲かるために必要な条件を次のように示した。①事業構造を理解した上で、先ず提供価値を理解すること、②その上で、どの組織能力で競争優位に立つか、それを自組織にインストールして変化に対応すること、③競合環境下で自社はどのような位置を取るのかを認識し、自社の能力を認識して特徴を生かしながらQMSに実装すること、④事業環境を見ながら、成功シナリオを描くこと。⑤変化を認識し、その影響を分析すること、⑥製品・サービス競争力として、決め手は品質・価格・納期であり、柔軟な対応力や支援の質。特にBtoCビジネスは、お客様の様々な活動に対する付加価値を理解して提供すること。

5.8 経営のツールとしてのTQMの意義

さらに、飯塚氏は経営のツールとしてのTQMの意義を明らかにした。お客様志向で品質を良くすれば業績も改善することは当たり前であり、経営の目的は利益と言うが、利益とは、「お客様にどれだけ受け入れられたかというお客様への提供価値」と「価値提供に必要な原資」との差分だと考えるべきであり、顧客価値提供の再生産サイクルの原資となっているので、TQMの総合指標ともなると指摘した。その上で、飯塚氏はTQMの次のような考え方が、経営のツールとして有力であることを示唆した。先ず、「品質第一」と呼ばれる品質の根源性であり、品質が価値だという考え方。次に、「システム志向」目的志向。それから「ひと中心」人間の自己実現を尊重しようという考え方。最後に「変化への対応」、自分の今の姿を認識しあるべき姿適時適切に変えてゆこうという考え方を使って事業や組織を良くすることができるとされた。

5.9 TQM推進の留意事項

飯塚氏は、TQM推進において留意したいこと①(A)当たり前のことを、(B)バカにしないで、(C)ちゃんとやる、継続し続けること。②因果を理解すること、③手段はいくらでもあるのでいろいろやってみること。④ルールを誘導すること。⑤トップ自らがリーダーシップをもって変革してゆくこと。⑥何から取り組むか。事業ドメインを定義して、事業ドメイン毎に事業構造を明らかにし、どのような品質経営をしようかというプランを立てることとされた。また、プラニングに当たっては、TQMの様々なモデルをどう使うかを真面目に考えるべきではないかとされた。

5.10 新しい時代への可能性を追求せよ

飯塚氏は、今日のテーマ「新しい時代を切り開く」は、過去の成功や失敗を決定付けたことは何で、これを認識して活かすことが目的との認識を示された。歴史に学ぶとは現在地を認識する行為。どのように世の中に変化があっても、事業が持続的にお客様に価値を提供し続けるためには、①事業構造の理解、②提供すべき価値、③持つべき組織能力、④マネジメントシステムへの実装、⑤変化への対応の5つが大切であり失われた30年を気にするよりも、未来への可能性の追求こそが大切と締めくくられた。

6.パネルディスカッション

登壇者と品質工学会会長の佐藤吉治氏を加えた4人のパネラーによるパネルディスカッションの様子

図・7.パネルディスカッション

最後に、飯塚悦功氏、棟近雅彦氏、若林宏之氏、佐藤吉治氏の4人のパネリストが、廣野元久氏の司会のもとで討議がなされた。

最初に廣野氏から主旨説明があり、続いて品質工学会 会長の佐藤氏から「品質工学会からの提言」が示された。

今回のパネルディスカッションは、日本監査役協会 横野能将氏のご協力により、5つの論点で進められた。

6.1 論点➀「昨今の品質不正を、どう受け止め、どう対応していけばよいか?」

〔飯塚氏〕品質不正は人間であるが故に素人でもわかる別の価値基準で診て指摘することが大切。そのために監査を学習・改善・相互啓発の場とし、リスクベース思考に基づく内部監査とする再構築が必要である。

〔佐藤氏〕悪い情報がすぐに上司に上がってくるようにするには、トップの姿勢が非常に重要。トップ自ら現場巡回し、S(安全)・L(コンプライアンス)・Q(品質)・D(デリバリー)・C(コスト)の順に重要だと、トップが言い続けて背中を見せることに尽きる。そして悪い情報を報告してくれた人には「良く言ってくれたね」と褒めることも大切。

〔棟近氏〕折角上がってきた悪い情報も、上司の素養・経験不足から理解できず、現場解決を促されるといった課題もある。何とか頑張るというのがJapanese Styleなので、このStyleを先ず変えていかければならない。そのためには一企業ではなかなか改善が進まない。産官学が連携して解決していくことが必要。

〔飯塚氏〕依頼・指示には上司の説明責任が伴う。なぜしなければならないのか、どうするのか等、本来SOP(標準作業手順書)に記述しておかなくてはならない。外部の力も大切だが、内部で出来ることはする。

〔若林氏〕上司の目標達成には部下の貢献が必要となる。部下に無理が生じると、上司の目標は達成できなくなるので、そのためにも説明責任を果たさなければならない。TQMの全員参加は自分事として参加することなので、皆様と一緒にTQMをやっていきたい。

6.2 論点②「無用に高い目標を与えられ、あるいは目標達成のために、必要なリソースが不足している時に、個人・小グループで不正のトライアングル(動機・正当化・機会)が成立してしまうが、組織的にどのような対応があるか?」

〔佐藤氏〕これもトップの姿勢に尽きる。方針管理によって、社員ひとり一人にトップの言葉で思いを伝えること。

〔若林氏〕トップの倫理意識を従業員と共有できているかが重要。トップの倫理意識が希薄な状況で、上司に何を言っても仕方ないと最初から諦めてしまわれる。この共有の仕掛けが重要となる。

〔棟近氏〕2つの課題がある。1つは「無用に

高い目標」。もっとお客様と交渉すれば良いと思うが、商慣習の問題なので産官学の連携で解決しなければならない。もう1つは「必要なリソース不足」。どうやってリソースを確保するか知恵を絞らなければいけない。

〔飯塚氏〕品質目標・仕様の妥当性確保は、組織の仕組みに実装し、議論してトップが決めなければならない。担当者が相談して決められるものではない。

6.3 論点③「高いコンプライアンス意識醸成のための有効で組織的な対応は?」

〔棟近氏〕個人的には内部通報制度はあまり有効でないと思っている。それよりも、上司・部下の良好なコミュニケーションの機会を増やすことが重要。そのための飲み会等も有効だと思う。

〔佐藤氏〕例えば拠点長が毎月、社長に送るフラッシュレポートではS・L・Q・D・Cの順番で報告し、内容を拠点長間で共有することが重要。コンプライアンス研修で学んだことを実践で体得していくことにより、悪い情報がすぐに上がってくるような風土醸成となっていく。

〔飯塚氏〕コンプライアンス教育では、意義・リスク・行動原理・対処方法と、上司の説明責任に関わる責務を教えることが重要。内部通報も通報先がどの程度、中立的かはわからない。不正発覚時の対応プロセスを品質マネジメントシステムに盛り込むことが必要。

6.4  論点④「TQMは不正・不祥事防止にどのように役立つか?」

〔佐藤氏〕TQMの方針管理、日常管理が役立つ。トップ方針が展開・共有され、日々実行される。これをきちんと管理することが、不正・不祥事の防止になる。

〔若林氏〕TQMの全員参加が不正・不祥事防止に役立つ。QCサークル活動は、上長も部下も全員が参加し改善する。またその上位者にとっても自組織の改善となるので連鎖していく。このように全員が共有している状態となるので不正は起こり難くなる。部下の目標達成は上司の目標が達成になるので、上司は自分事として何とかしないといけなくなる。

〔飯塚氏〕2000年頃に品質不正が起きた時に、優れた組織運営を考えた。外向き組織、風通しの良い組織運営、品質重視の非属人的意思決定の3原則が重要。

〔棟近氏〕基調講演でも示したように小原好一氏は、経営者から最前線の社員まで価値観を共有し、問題を顕在化させて自発的に解決していく力を個人個人が養っていくTQMの「ひとづくり」が重要と述べている。やはり仕組みとして一番効くのは方針管理。その中に人材育成もある。[1]

6.5 論点⑤「(品質立国再生に向けて)経営基本の再確認と充実に向けての提言は?」

〔佐藤氏〕昨今、認証試験が大きな社会問題となっている。一団体では手に負えない問題に対して、仲間づくりを考えている。もっとやり易い方法を一企業では言い難いが、産業界や団体全体が声を上げ、オールジャパンの産官学が一体となった問題解決が必要。

〔棟近氏〕 医療で比較的上手く開発が進んできたのは、産官学の協力の成果、特に厚生労働省のご支援。残念ながら一企業で何とかするには限界がある。例として、下請け企業はこれまで元請け企業に価格交渉など考えたこともなかったらしいが、交渉できるようになったのも産官学連携の賜物。最近話題のカスハラも、レストランや旅館だけで声を挙げ難かったので、連携の賜物。

〔飯塚氏〕組織は社会の中での存在理由がある。存在理由とは、誰に何らかの価値を、何らかの方法で提供すると社会が良くなるということ。その観点で事業構造をきちんと再考することが重要。社会に存在している意味を良く考えてほしい。そしてその時、どういう組織能力を持っているのか考える必要がある。品質マネジメントシステム、PDCA、等々。このような前提条件では本来悪さはできない筈。不正を起さないために組織運営しているのではない。価値を提供のためには何をやっても良いという訳ではないと再認識してもらいたい。何かが起こると全てが否定されてしまうということを、もう一度考え直さなければならない。ステークスホルダーに価値ある存在であり続けるために何ができるかを再考してみることが重要。自分が関わっているビジネスに影響することはきちんと見てほしい。

〔若林氏〕コンプライアンス遵守が全て。きちんとやっていれば最終的には認められると信じてやることが重要。守れていると思っているのに、守れていなかった時には、言ってもらえる信頼関係が重要。今日は、品質不正に対してどうやってTQMを活用していくのか、TQM推進で競争力が付いてくる、等の説明があった。是非それを信じて全階層で実践してもらえれば良い。上司が部下にこれをやっておけと指示するだけでは物事はすまない。部下が上手くしているからこそ上司もできている。全員参加が非常に重要。部下が困っていれば、上司は先取りして改善していけば、さらに組織は強くなる。そのような信頼関係のある組織では、相談すれば必ず話を聞いてもらえる。全階層での改善活動をしよう、ということを提言としたい。

7.閉会挨拶

廣野氏より、講演者の棟近氏、飯塚氏、若林会長、パネリストで参加された佐藤会長、フロアから貴重なコメントを提供された横野氏への謝辞が述べられた。また、残暑の中会場に足を運んだ参加者、並びにWeb参加者に対して御礼を述べた後、運営にあたったJAQ幹事と事務局、並びに会場の無償提供と設営に携わった早稲田大学棟近研究室の関係者への御礼と労いがあった。

次回の開催を心待ちにして、大盛況であったシンポジウムの幕を閉じた。

<参考文献>

[1] 小原好一(2018):品質月間2018 テキストNo。430 品質立国日本を揺るぎなくするために、 日科技連出版社。

※講演資料について

これらのシンポジウム講演資料については、(https://jaq.gr.jp/第1回jaqシンポジウム講演資料/#)に公開されているのでぜひご参照ください。